2011年10月12日

蕎麦を食らう

小学館:コミック 『そばもん ニッポン蕎麦行脚 1』

このところ、あちこちの店で蕎麦を食べまくっています。

若い頃は蕎麦といっても「そんな食べ物もあるなあ」程度でしたが、ここ数年でなんだか好物になりました。加齢と共に嗜好も変わるということでしょう。それでまあ蕎麦屋を見つけては食べていたのですが、「そばもん」とういうマンガに出会って、いよいよ「蕎麦を食たい」という情熱が炸裂。人に聞いたりネットで探したりしてうまいと評判の蕎麦屋に食べに行っています。

「そばもん」というマンガにあっさり感化されたミーハー、あるいは「通(つう)を気取る人は多いが本当の通は少ない」の多数派の方、それが今の私です。

食べまくっていると言っても、所詮、ここ数ヶ月で食べた店は10数軒程度だと思うのですが、その中で自分としては「うまい」と思ったお店は、

岡崎の千里十里(ちりとり)
刈谷の天手古舞(てんてこまい)
岐阜県関市の助六

といったところでしょうか。あくまで私見ですが、ここ数年で新しくできた店はハズレが多く、おいしい店は10〜20年以上営業しているお店ばかりだったような気がします。

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ですが、

蕎麦の食い歩き、そろそろやめようかと思ってます。いや、やめはしないけど、もうこれからはたまに気の向いた時だけでいいかな、と。

なぜそんなふうに思うのか、これは、もし蕎麦屋さんがこのブログを読んでいたらぜひ改善をお願いしたいんですが、要するにどのお店も量が少ない。

例えば蕎麦屋の定番メニューの1つである天盛りを食べることが多いのですが、どの店も大体1500円前後します。しかし、どの店も、とても一人前と呼べる量ではない。

わたしが世間知らずなだけで、蕎麦というのはこういうものなんでしょうか。ほとんどの店の天盛りは、全部食べても全くお腹は満たされない。実際、天盛りを食べて帰宅するとすぐにバナナをかじったりしています。ちょっと遠くの店で、ついでだから食べたあとに近所の名所を見物していくか、という時は、見物している間じゅう「ハラ減ったなあ」と思っています。1500円も出してなぜこんなひもじい思いをしなきゃならんのか?

私は別に大食ではありません。回転寿司で言えば、10皿くらいで満腹。12皿以上食べることはまず無いです。ちょっとネットで検索してみたら、蕎麦はもともと間食なので1枚の量は少ない。たくさん食べたい人は2枚、3枚と追加注文すればいい、というようなことが書いてありました。しかし、私が行った店では、追加の蕎麦がメニューに載っている店自体が少なかったし、載っていても1枚が500円とかでした。天盛りに2枚追加すると2500円。庶民の昼食としては相当な贅沢です。

そうやって考えていくと、結局は蕎麦って、高級料理なのかな、と思います。もともとは庶民の食べ物だったのでしょうけど、江戸前寿司と同じですね。江戸前寿司はもともと魚市場で捨てるような魚を活用したファストフードだったそうですが、今や完全に高級料理です。蕎麦も今やお金持ちの食べ物なのかもしれません。寿司といえば回転する店しか入れない私は、蕎麦も立ち食い程度がお似合い?

それとも行ってるお店がハズレばかりなのですかねえ。そういえば、サイドメニューの卵焼きが800円なんて店もあって、そのときは古民家を改築した店内の雰囲気に浮かれてつい注文しちゃったけど、今思うと卵焼きが800円ってどう考えてもボッタクリ(サイズは大きかったけど味はごく普通でした)ですねえ。


いわゆる名店ではなくて、安くて満腹になってそこそこうまいという大衆的な店を探すべきなんでしょうか。

posted by まーさん at 21:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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